僧帽弁狭窄症(mitral stenosis;MS)

MS

■概要
僧帽弁狭窄症は僧帽弁口が狭くなり、拡張期に左房から左室へ血液の流入が障害される。

■病因
•大部分がリウマチ
•先天性(単一乳頭筋によるパラシュート弁)
カルチノイド
全身性エリテマトーデス(SLE)
•人工弁置換術後の血栓弁

ほとんどの場合、小児期に細菌がのどに感染して起こるリウマチ熱が原因となり、中年以降に僧帽弁狭窄症を引き起こす。リウマチ熱から20年以上経過すると、徐々に僧帽弁狭窄症が進行して症状が出現。最近では、抗生剤の使用などによって、僧帽弁狭窄症の頻度は少なくなっている。

■病態・発生機序
•僧帽弁口部の狭小化により左房から左室への血液の流入が障害され、左房負荷により左房は拡大し左房圧は上昇する。これにより、肺静脈圧および肺毛細血管から肺の間質、さらには肺胞へと漏出し、肺うっ血や肺水腫の状態となる。
•肺水腫の防御機構として、肺小動脈の収縮が生じて肺動脈圧は上昇し、肺高血圧、右心系への圧負荷が増大する。肺動脈圧の上昇から肺動脈弁逆流により右室が拡大する。右室の拡大と右心圧の上昇から三尖弁逆流(閉鎖不全)を招き右房は拡大する。最終的には右心不全へと進行する。
•左房拡大では、左房内の血液がうっ滞して血栓を形成しやすくなる。
•左房拡大、左房圧の上昇は、心房細動の原因ともなる。心房細動になると、血液のうっ滞は増強し血栓を形成しやすくなる。
•正常であれば、僧帽弁は面積として4~6cm2
•1.5cm2以下になると種々の臨床症状を呈するようになる。
•1cm2以下にまで小さくなった重症の場合は手術が必要。
 
■症状
慢性の左房負荷に関連した症状が出現
心不全症状:肺うっ血による咳嗽、労作時息切れ、喘鳴、呼吸困難などの左心不全の症状が主。二次性の肺高血圧、三尖弁閉鎖不全が生じると、頸静脈怒張、肝腫大、顔面や下腿の浮腫などの右心不全症状が出現。心拍出量の低下による、倦怠感や易疲労感も生じる。
•左房負荷によって心房細動が生じることが多い。頻脈性心房細動は心不全の原因にもなる。
•心房細動では血栓を形成しやすいため、全身の塞栓症(脳梗塞、心筋梗塞、腎梗塞、末梢動脈閉塞など)を生じる。

■検査と診断
a. 聴診:Ⅰ音の亢進、Ⅱ音直後の僧帽弁解放音(opening snap;OS)、心尖部での低調性の拡張期雑音(拡張期ランブル)が特徴的
b. 胸部X線:左房拡大を反映し、左第3弓突出、右第2弓の二重陰影、気管分岐角の開大などを示す。心不全状態であれば、肺うっ血、胸水貯留などを伴う。
C. 心電図:経過の長い例ではほとんどが、心房細動を呈する。洞調律例では、左房負荷として第Ⅰ•Ⅱ誘導で幅広い二峰性のP波(僧帽性P波)および胸部誘導(V1)で後半の陰性部分の大きい二相性P波が特徴的所見である。
d. 心エコー図検査
断層法:僧帽弁の硬化•肥厚による弁の解放制限、拡張期に前尖弁腹部が左室側に膨らむような形態をとるバルーニング(あるいはドーミング)、交連部癒着による弁口部の狭小化、左房拡大、心房細動例では、左房内血栓を合併している可能性が高い。特に左心耳血栓の診断には経食道エコー法が有用である。
②Mモード法:僧帽弁のエコー輝度増強、僧帽弁前尖の拡張期E-Fスロープがゆるやかになり、拡張期弁後退速度(diastolic descent rate;DDR)は低下する。
③重症度:軽症(1.5〜2.0cm2), 中等症(1.0〜1.5cm2), 重症(1.0cm2以下):僧帽弁口レベルの短軸断層法で弁口部を描出し、その内周を直接トレースして計測する方法と、連続ドプラ法で、僧帽弁口通過血流速波形を記録し、左房と左室の圧較差が1/2になるまでの時間(圧半減時間;pressure half-time;PHT)を測定する。弁口面積(cm2)=220/PHTより算出できる。
e. 心臓カテーテル検査
肺動脈楔入圧(左房圧の代用)と左室圧の同時記録により、左房•左室間圧較差と僧帽弁口面積(Gorlinの式)をそれぞれ算出できる。
MS

■治療
内科的治療法
a. 内科的治療
肺うっ血による咳嗽、労作時呼吸困難などの左心不全症状には、安静、塩分制限、酸素吸入や利尿薬を投与する。頻脈性心房細動では心拍数を減少させるためにジギタリスが有効である。血栓•塞栓症の予防目的として、抗凝固薬(ワーファリン)が用いられる。
b. 経皮経静脈的僧帽弁交連切開術(PTMC: Percutaneous Transvenous Mitral Commissurotomy)
管の先に風船をつけた特殊なカテーテル(井上バルーン®)を経静脈的に挿入し、X線透視下で右房から心房中隔を穿刺し、そのカテーテルを僧帽弁の位置まで入れて風船を膨らませることにより、弁の癒着を裂いて弁口面積を拡大する治療法。開胸はしないので外科的開心術に比べて侵襲性は少ない。
PTMCの適応
①弁口面積が1.5cm2以下で症状がある
②弁の石灰化が強くない
③僧帽弁逆流が軽度
④左房内に血栓がない
交連部の癒着がいちじるしく石灰沈着が高度なもの、中等度以上の僧帽弁逆流があるもの、左房内血栓を合併している場合には外科的治療が選択される。
c. 外科的治療
•手術法には、直視下交連切開術(open mitral commissurotomy;OMC)と人工弁置換術(mitral valve replacement;MVR)がある。
•OMCはPTMCの登場により現在ではほとんど行われなくなった。
•人工弁置換術は悪い弁を切除し人工の弁を置換する方法で、人工弁には、生体弁(牛の心膜などで作製)と機械弁がある。生体弁は機械弁と比べると耐久性(10〜15年)は落ちるが、血栓はできにくく術後数ヶ月たてば抗凝固薬(ワーファリン)は不要である。一方、機械弁は、半永久的に使用可能である。しかし、弁に血栓ができやすいため抗凝固薬(ワーファリン)の内服を生涯続けなければならない。

■経過、予後
通常は、慢性経過をたどり、弁口面積の狭小化にともない心不全症状は強くなる。高度狭窄でも左室の収縮機能は保たれている場合が多いので、弁置換術後の予後は比較的良好である。心房細動や左房内血栓にともなう塞栓症で脳梗塞を合併した場合は、広範囲な梗塞(中大脳動脈領域など)となる傾向があり、生命予後に大きな影響を与える。

■患者指導
左房が大きい例や心房細動例においては、左房内の血栓予防のため抗凝固薬(ワーファリン)の内服が必要である。しかし、鎮痛剤の併用などで、出血傾向をきたすことがあるので定期的なPT-INRの測定が必要となる。またジギタリス内服例では血中濃度が重要で、時に高齢者や腎機能低下例ではジギタリス中毒に注意する。